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【ブルアカ】聖園ミカが良すぎるって話【実装記念】

κύριε ἐλέησόν μου τὴν καλήν βασίλειαν.

【注意】この記事にはブルーアーカイブ・メインストーリー"エデン条約"編の重大なネタバレが含まれます。ご注意ください。

 

 こんにちは、いよ(Twitter:@iyoiyo1240)です。

 

 時は遡ること約二か月前。友人Aに勧められて「ブルーアーカイブ」を始めてから一月が経った頃でした。「ストーリーが良い」との触れ込みでブルアカを開始した私は、Aと共にメインストーリーを読み進めていました。

 世界観を提示し、オーソドックスながら引き込まれるシナリオの"対策委員会"編。少し毛色が変わり、王道の青春物語で胸の熱くなる"時計仕掛けの花のパヴァーヌ"編(当時は一章のみ公開されていました)。両シナリオとも安定した絵柄と面白さで、これは良ゲーだと感じた気がします。

 しかし物足りなさを覚えたのも事実で、正直「絶賛されるほど最高なストーリーだろうか?」と考えてもいました。そんな中、特に評価の高いエデン条約編に手を付けた私でしたが...。

 

 

うわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

俺の性癖!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 無事聖園ミカの沼にハマりました。あーあ。

 

 顔かわいいし髪型かわいいしヘイローかわいいし白基調で裏地星空っぽい服に合ってるし所々あしらわれたこだわっているだろう小物かわいいし白鳥のような美しい羽かわいいしコイツヤバすぎないか????????????????????????????????????????ミカ、結婚しよう......................................................................

 

 というわけで(?)、聖園ミカの実装を祈念し、(追記:聖園ミカ実装!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)本記事では聖園ミカのエデン条約編における諸行動を考察します。あくまで聖園ミカに焦点を当てますので、あまり関わりのない部分はバッサリ切り捨てていくことになるかと思います。ご了承ください。

 それでは、よろしくお願いします。

 

序文

 本記事では、これ以降エデン条約編に関連する出来事を時系列順に三分割する。

 

 第一に、本編(エデン条約編)以前の出来事を総括する。この章段には、トリニティ総合学園の成立過程やアズサによるセイア襲撃等が含まれる。

 第二に、本編一章~三章を概観する。これは先生が補習授業部の顧問を引き受けてから、ヒフミの”ブルアカ宣言”まで一連のシナリオを包括する。

 第三に、本編四章を考察する。聖園ミカと錠前サオリについての分析が主流となる。

 

 第一、第二の章段では、主にストーリーの概論とそれに関わるモチーフの解説が主眼となる。第三の章段では、登場人物の心理分析、物語を通したミカの行動への省察に重きが置かれる。

 

 構成上、ミカについての深堀りが随分後の方になってしまう旨を了承頂きたい。

 

Ⅰ.エデン条約編以前

 ここからは、まずエデン条約編以前の出来事を概観する。物語全体を理解するうえでの背景知識となる部分であり、極力余分を排し要点のみを記した。

あらすじ

ベアトリーチェ介入以前

 トリニティ総合学園は、大小さまざまな派閥の合一によって成立した学園である。かつて争っていた主立った三学派、パテル・フィリウス・サンクトゥスにより和解の場として「ティーパーティー」が開かれ、「第一回公会議」を経て巨大な学園が出来上がった。

 しかしその綜合に異を唱え続けた学派があった。「アリウス」である。

 些細な教義の違いを受け入れなかったアリウスは、奇しくも強大な力を得たトリニティ総合学園から排斥を受ける。それ以降アリウス学派は表舞台から姿を消した。特筆すべきはその信条である。

 「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。」

 この一見冷笑的な標語は、後の物語に大きな波紋を招くことになる。

 

ベアトリーチェ介入以後

 このアリウス分校に目を付けたのが、「ゲマトリア」の一員「ベアトリーチェ」である。彼女の目的は、「ロイヤルブラッド」を持つ生徒会長の血統と大聖堂の接触によって強大な軍事力「ユスティナ聖徒会」の複製を入手し、また儀式によって「崇高」に至ることにあった。

 彼女はアリウスの信条と歴史を利用してゲヘナ・トリニティへの憎悪を助長し、生徒を統率した。アリウス分校は彼女の手によって、全く異質な集団へと変貌したのである。

 

 さて、時はベアトリーチェ介入から10数年。ティーパーティーのホスト「聖園ミカ」はアリウスと接触する。その目的は、武力集団、アリウススクワッドのリーダー「錠前サオリ」へのある依頼であり、また対話であった。

 第一に、アリウス分校とトリニティ総合学園との和解へ向けた交渉。双方に誤解と憎悪が集積した状況を打破するため、アリウススクワッド「白洲アズサ」を和解の象徴としてトリニティに入学させる案が提示されたのはこの時点である。

 第二に、別のホスト「百合園セイア」への襲撃..."少し痛い目に合わせる"程度の。なぜ同じティーパーティーの権力者を攻撃するのか?それはただ単に、気に食わなかったからである。難解な言葉回しを好む思慮深いセイア、直接的な性格とミカ。両者は仲違いとまでは行かずとも、微妙な関係にあった。

 

 この機を逃さなかったのがベアトリーチェである。彼女は百合園セイアの殺害を命令。和解の象徴となるべくトリニティ総合学園について熟知していた、アズサに実行が委ねられた。

 しかしアズサはセイアの殺害を拒み、アリウスの二重スパイとなる。ここから彼女の目的は、アリウスによるトリニティ・ゲヘナの転覆を妨げることとなった。 

 

 セイアが死亡した。そのことを聞かされたミカは、罪悪感に耐えかね襲撃の目的は「エデン条約」の制止であったと記憶を改変する。そして彼女は、エデン条約の破壊・アリウスと手を組むことによるクーデターの発起・ゲヘナへの宣戦布告へと動き出す。

 

エデン条約

 そもそもエデン条約とは、ゲヘナ・トリニティ間の不可侵条約であった。両校の中枢により構成される「エデン条約機構(ETO)」が紛争の際に介入することを取り決め、全面戦争を防ぐことが目的である。

   

 楽園の名を冠するこの条約、これが物語前半の軸となる。

 

モチーフ

 この章段では、ここまで述べたあらすじ上本編の考察に関わるであろうモチーフを簡潔に総攬する。なお、エデン条約編及びトリニティ総合学園全体に、キリスト教モチーフが密接に関連している点を、見通しをよくするためここで先述しておく。

三位一体

 ここでは三位一体を巡る史実(実際の歴史)について概略を述べる。

 ティーパーティーは三大派閥「パテル」「フィリウス」「サンクトゥス」の首長から成る生徒会である。これら派閥の名称がキリスト教の三位一体教義から取られていることをご存じの方は少なくないだろう。そもそも「トリニティ」という語自体、三位一体を表している。

 その三位一体とは、天地の創造主である父なる神(パテル)、ロゴスの受肉たる子なる神・イエスキリスト(フィリウス)、精霊(サンクトゥス)が同一神の三つの位格であるとする教義である。これはいわゆる正統派の解釈であり、これに対抗したのが「アリウス派」であった。

 アリウス派の教義の重要な点は、ロゴス=イエス・キリストを神の被造物としたことである。両派閥の主張は相容れず、「第一ニカイア公会議」で三位一体を正統とすることが決定され、アリウスは異端となった。

 本編のアリウス分校も類似の状況にあったと考えて良いだろう。

三大天使

 ティーパーティーの三人の構成員は、三大天使をモチーフとしている。

  • ミカエル=聖園ミカ
  • ガブリエル=百合園セイア
  • ラファエル=桐藤ナギサ

 ミカエルは「神に似たる者」、天使のリーダー的存在である。悪に向かう際天使を率いる最も重要な大天使であり、サタンよりも強力とされる。

 ガブリエルは「神の人」、神の言葉を伝える預言天使である。そのモチーフは百合で、ミカエルに次ぐ重要な天使である。

 ラファエルは「神の癒し」、癒しの役目を負う天使である。正義と理性の象徴としても描かれる。

 このようなモチーフとの連関が、後に聖園ミカを縛り付けることになることを我々は観察するだろう。

 余談ではあるが、ナギサのみモチーフの名前と関連がない(?)ように思われる理由はわからない。(まさかナギサ=渚=シ者=使者などという使い古された言い換えではあるまい)要考察であろう。

コヘレトの言葉

 アリウス分校の信条「vanitas vanitatum, et omnia vanitas.」は、旧約聖書コヘレトの言葉からの引用である。

 そもそも旧約聖書は古典ヘブライ語で書かれており、本編の引用は恐らく聖ヒエロニムス(この名前に聞き覚えがある方も多いだろう)によるラテン語訳聖書からなされている。残念ながら筆者はラテン語に触れた経験がないので、極力ニュアンスの近いと思われる英訳で該当箇所を抜き出すことにする。

Vanity of vanities, says the Preacher, vanity of vanities! All is vanity. (コヘレトの言葉1:2, 太字部分がvanitas~に該当)

 本編の訳「全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。」は、些か意訳調であると察された読者もいるだろう。直訳的な訳は以下のようになろうか。

 すなわち、「虚しい物事の虚しさよ!全ては虚しい。」つまりこの句は、虚しさへの詠嘆と全てが虚しいという諦観から成る。

 訳出はともかく、確かにこの部分のみを参照すれば、世の虚しさを嘆き、全てを諦める句とも捉えうるだろう。ここで同じコヘレトの言葉から、別の部分を引用する。

見よ、わたしの見たことはこうだ。神に与えられた短い人生の日々に、飲み食いし、太陽の下で労苦した結果のすべてに満足することこそ、幸福で良いことだ。それが人の受けるべき分だ。(同上5:17 新共同訳)

 伝道者コヘレトにより発される言葉には、人生の虚しさと同時に、生を刹那的に楽しむことへの肯定がある。では更に別の言葉を引用しよう。

若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ。心にかなう道を、目に映るところに従って行け。知っておくがよい。神はそれらすべてについて
お前を裁きの座に連れて行かれると。(同上11:9~10)
青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。(同上12:1)

 青春の中にあっての、自由な生の肯定。そして絶対者への信仰を根とすることの推奨。実に「ブルーアーカイブ」にふさわしい言葉ではなかろうか。そして本編では、まさに信じるということの難しさが問われる。

 

エデン"契約"

 そもそも聖書において楽園=エデンでなされた契約は、次のようなものであった。

主なる神は人に命じて言われた。
「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」(創世記2:16~17)

 人類と神のこの契約の本質はつまり、「神を無条件に信じうるか」という神から人への問いかけである。原初の人類、アダムとイヴは結局のところ蛇に唆され知識の実を口にし、楽園を追放される。

 「神を無条件に信じうるか」、換言すれば「他者を完全に信じうるか」。エデン条約編で何度も提起される「五つ目の古則」に通ずる点があろう。

 「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか」。

 この問いは様々な形で反復され、後には「他者の心を完全に理解することができるのか」というテーマとなる。実に聖書のエデン契約の本質と通ずる点が見受けられよう。

信じることの難しさ、これがエデン条約編の一大テーマとなっていると言って過言はない。

 

Ⅱ. 補習授業部~エデン条約締結

 ここからは、本編一章~三章の物語を扱う。すなわち、先生が補習授業部の担当となってから、彼女たちによるETOの発足までを概観する。実はⅠと比較してそこまで分量が多くなく、コンパクトに纏め上げることが可能である。

あらすじ

補習授業部

 ナギサに頼まれ、成績不振の生徒が集められた「補習授業部」の顧問を依頼された先生。

 その目的は表面上、生徒達を落第の危機から救うことだった。

 しかし真の目的は、生徒を退学させること。

 補習授業部の設立は、ナギサが連邦生徒会長から引き継いだ、エデン条約の締結を阻止しようとする、トリニティの裏切り者を追放するための策であった。ナギサの疑いの目が向けられたのは、ヒフミ・コハル・アズサ・ハナコの4名。

 その事実を告げられた先生は、補習授業部の面々を学力試験に合格させようと奮闘し、合宿を開く。その合宿の最中、ミカが先生に接触する。裏切り者がアズサであると告げたミカは、渦中の彼女を守ってほしいと先生に依頼した。

 疑心暗鬼に陥ったナギサ、エデン条約への疑念を語るミカ————混乱した状況の中で、アズサは自身がアリウスのスパイであること、ナギサのヘイロー破壊の任務を受けていることを補習授業部の面々に告白する。

 そこで、ハナコを発起人としてアリウスより先にナギサを確保する作戦を実行。作戦は上手くいったかのように見えたが...

かなりかわいい



 アリウス軍を引き連れて登場したのは、真の裏切り者である聖園ミカだった。自身の真の狙い、すなわちエデン条約の破棄、ティーパーティーへのクーデター、ゲヘナとの戦争を明かすミカ。

 しかし補習授業部とシスターフッドの連携でミカを制止、さらにセイアが無事であることを聞いたミカは即座に投降した。

エデン条約

 その後、無事に退学を免れた補習授業部だったが、エデン条約調印式がアリウスのミサイル投下により妨害されたことで、再び騒動に巻き込まれることになる。

 アズサはサオリのヘイローを破壊するため彼女と戦闘を繰り広げ、ヒフミから送られた人形に爆弾を埋め込みスクワッドにダメージを与えた。

 エデン条約の書き換えにより、無限の戦力であるユスティナ聖徒会を手中に収めたアリウススクワッド。しかし先生は公会議の再現によって、ヒフミの宣言と共にその契約を上書きし、ETOを自分側に再定義した。

 これによりアリウススクワッドは撤退を余儀なくされ、アズサはサオリと決着を付ける。

 こうしてエデン条約締結を取り巻く一連の騒動は、一応の収束をみた。

 

 かなり駆け足ではあったが、エデン条約締結までの流れは上記の通りである。

モチーフ

 この間に特徴的なモチーフの提示はそれほど見受けられない。そこで、ここまでの物語の構造に着目しキリスト教との連関を考察しよう。

契約の更新

 キリスト教の聖書は二つに分割できる。すなわち旧約聖書新約聖書である。ではそれらの差異は何か。それは神により執り行われた契約の、性質の相違である。

 旧約聖書は、誤解を恐れず極端に要約すると、ユダヤ人と神との契約を記した書物である。シナイ山山頂における「モーセ十戒」の伝授などはご存じの読者もいるだろう。

 新約聖書は、それに対し神と全人類の契約である。受肉した神たるイエス・キリストは、自身の死によって人類を贖罪し、同時に神と人間との限りない接近の可能性を示した。

 このような聖書の構造は、旧い契約の新たなる契約による上書きと見ることが可能だろう。そしてこの契約の更新、この構造はまさに本編の構造とよく相似している。

 アリウスによるエデン条約の歪んだ形での成就は、補習授業部と生徒によって上書き/更新が為された。無論その原型となる、神とイスラエルとの契約が歪んでいるなどという意図は毛頭ない。むしろ正統なキリスト教は、旧約聖書の契約もまた尊重する。全て神との契約は神聖である。あくまでその構造として、類似が見受けられるということだ。

 

聖書と物語の構造

 上述したように、エデン条約本編一章~三章は聖書全体の構造と類似していると言うことが可能であった。では、残った四章とはどのような物語か?その端緒は、物語の冒頭にある。

 Ⅰ・モチーフ・エデン”契約”で述べた通り、この物語は五つ目の古則=楽園の存在証明=無条件の信仰の困難から始まる。そして聖書では、その神と原初の人類との契約は、まさに旧約聖書の始まり、創世記に該当するだろう。

 つまりエデン条約編は、創世記の導入から始まり、三章に至ってキリストの生涯をある意味では完遂したことになる。すなわちこの時点で、エデン条約編は旧約聖書並びに新約聖書福音書までの内容を辿った。

 では新約聖書から布教に関わる言行録と書簡を除いたとき、最後に残るものは何か。

 それは、「ヨハネの黙示録」である。

 ヨハネの黙示録は要約すれば、世界の終末についての預言である。終末にて神は悪魔を打倒し、救世主キリストが再臨する。そして行われるのは罪の清算最後の審判である。

 我々の疑問はこうであった。すなわち、「四章はどのような物語か」。ここまで読み進められた読者ならば、既に解答を識っているだろう。

 四章は罪の清算の物語である。

 身勝手な行動で多くの災禍を引き起こした聖園ミカ。国家レベルの軍事クーデターを引き起こした錠前サオリ。彼女たちの罪は、この後裁かれる。

 

Ⅲ. エデン条約以後・聖園ミカについて

 これ以降ミカに主眼を当てた本編の分析を試みる。その前にまずは、4章を概観する所から始めよう。

エデン条約編以後

それから

 補習授業部と先生の活躍により、エデン条約を巡る騒動は大枠で解決した。一方、事後処理の一環として、トリニティではミカの査問会が開かれようとしていた。

ひどい

 巨大なトリニティから注がれる負の感情を一身に受けるミカ。自分などセイアに許されるはずがないと自嘲/自傷する彼女だったが、先生の説得により査問会への参加を決意する。

 その後セイアは予知夢を通し、アリウスの裏でベアトリーチェが暗躍していることに気付く。そのダメージで錯乱した彼女は、謝罪のため呼び寄せたミカを詰問し倒れた。

 再び精神が不安定になったミカは、アリウススクワッドのリーダーであるサオリへの復讐を決意する。

この差分すき

 そのサオリは時を同じくして、先生に助力を求めていた。求めを快諾した先生は、スクワッドのメンバーと共に、アツコをベアトリーチェから救うためアリウス分校へと向かう。

アツコ救出へ

 アツコ救助のタイムリミット、夜明けが迫る中トリニティ地下のカタコンベへと向かうスクワッドと先生。道中ベアトリーチェから差し向けられたアリウス生徒を排除していると、突如ミカが乱入する。

好きすぎる

 ミカはアリウスを追い詰めるものの、先生の姿を目にすると姿を消した。

 更に先へと歩を進める先生一行は、その最中ベアトリーチェ率いる聖徒会と交戦する。ここで再びミカが乱入。

 言葉を交わすも再び姿を消す彼女に対し、もはや先生には成す術がなかった。

 こうして目的地への地下回廊を進むスクワッドと先生は、ミカが倒した柱に阻まれた。分断されたサオリは、先生らにアツコを助けに行くよう指示。自身はミカと相対することを決意する。

ラスボス?

 取り残されたミカとサオリは激しい戦いを繰り広げる。その勝者はミカだった。サオリはアリウススクワッドとの記憶を回顧し、自分の行動原理全てがベアトリーチェの作り上げた虚構であったことをミカに語る。

 さらに対話を重ねるミカとサオリの前に現れたのは、アツコの元に向かったはずの先生だった。状況に激高したベアトリーチェは、儀式の開始を宣言し、聖徒会の主戦力・バルバラを先生達に差し向ける。

 バルバラを引き留めると宣言するミカ。先生とスクワッドは背中をミカに託し、アツコのいる至聖所へ向かう。

かっこいい

 遂に至聖所に辿り着き、ベアトリーチェと戦闘を繰り広げる一行だったが、戦闘の最中一面に鳴り響くキリエを耳にする。それはミカによる、アリウスへの祈りと許しの聖歌だった。

 さらに激怒するベアトリーチェを撃破した先生らは、アツコを無事に救い出した。

 先生はその足でミカの元へと向かい、「大人のカード」を取り出す。

 こうして全てが終結し、夜明けが訪れる。ミカはティーパーティーの面々と再会して本心を語った。

良すぎんだろ..............................................................

 その後、サオリはスクワッドと一旦別れて自分の人生に向き合う。一方トリニティでは、ミカの査問会が始まろうとしていた。

 

 これまで同様かなり駆け足ではあるが、これにて4章の要約を閉じる。

 

聖園ミカについて

 こうして我々はエデン条約編の全体をみた。本稿はここからが本題である。

 冒頭の発狂に比して、ここまで聖園ミカには必要最低限しか触れてこなかった。そこでこの章段では逆に、聖園ミカに最大限紙面を割くこととする。本編における描写から洞察されるその精神構造、その行動原理、その主人公としての性質を論じよう。

 

(表面的)行動

 エデン条約締結以前のミカの行動を以下に列挙した。

  1. 気に入らないという理由で同級生(セイア)を病院送りにしようと試みる
  2. 自身が属する政府機関へのクーデター未遂を引き起こす
  3. 外患(アリウス)誘致

字面だけ見れば大犯罪者である。作中で「我が儘」「浅慮」「衝動的」とセイアはミカを評価しているが、1の行動が結果2・3を引き起こしたことを鑑みれば極めて正当な評価だろう。

 更にエデン条約締結後、すなわち四章では、脱獄し敵対勢力軍を数多く撃破、アツコ救出に向かうスクワッド一行を妨害している。最後にはアリウスを許すものの、その進撃に恐怖を覚えられた読者も多いだろう。

 このように起こした行動だけを見れば大罪人とさえ言える聖園ミカ。物語を通して、彼女の心はどのように変化していたのだろうか。

 

行動理由

 エデン条約締結以前の行動について、その行動理由は作中で既に明かされている。要約すれば次のようになろう。

  • セイアを攻撃したのは単純な心情的理由である。
  • ミカはゲヘナを嫌う合理的理由を求めていた。
  • セイアの死亡を聞かされた後、その殺害はエデン条約の阻止が目的であったと理由付けを行う。同時にゲヘナへの嫌悪を事後的に極端な行動の存在により正当化する。つまり「自分はゲヘナを嫌うあまりにセイアを殺害した」という論理を組み立てた。

 

 

 表面的行動の章では冷徹に述べたものの、セイアへの攻撃は本来許容される程度の我が儘のはずだった。にも拘わらずその悪戯は最悪の結果を招き、ミカはその重荷に抑圧され続けた。

 

 さて、ここから興味深い内容が二点抽出される。

 第一に、なぜその論理に固執し続けたのか。

 第二に、その内心を告げられた時の反応の特殊性。

 実はこれらの問いが、ミカの本質への問いかけであることを以下に示そう。

 

モチーフからみる精神構造

 「自分はゲヘナを嫌う。それゆえエデン条約調印を停止しなければならない。だからティーパーティーを転覆する。そのために自分はセイアを殺害した」

 作り上げたこの論理に、ミカは自らを縛り付けた。その束縛が解けるのはセイアの生存が確定してからである。なぜ彼女はこの論理に"自ら縛られた"のだろうか。

 それは此岸からの働きかけではないことに、我々は注意を払うべきである。ミカは自らその論理を作り、行動をその"正当な"論理に従えた。ただ短絡的な性格の者であれば、殺害という厳然たる事実から目を背け、アリウスとの関係を切断し全てを葬り去ることも可能だったはずだ。なぜそうしないのか。その正しさへの視線、それはミカの本質に深く根差したモチーフに連関している。

 Ⅰ・モチーフの章に先述した通り、ミカのモチーフは大天使ミカエルだ。「神に似たる者」ミカエルは、右手に剣、左手に天秤のイメージで描かれることが多い。それらは正義と公平の象徴である。悪への批判の眼差しとしての正義と、絶対公正なる裁きとしての公平が、ミカエルには同居している。ではこのような基底を持つミカの正義と公平への志向は、どのように現れるのか。 

 まずもってその顕現は、意識の統率と無意識への構造の導入の形を取ることに注意しよう。精神を大別すると、意識と無意識に分かれるためである。(ここでは些末な例外を省く)

 意識の統率者としてのミカエルは、公平への視線としてミカの精神に生成する。上の例で考えよう。ミカは抑圧された苦しい状況から逃げることさえできたにも関わらず、自分の作った"合理的"な論理に自分の行動と意識を沿わせたのだった。これは一見感情的なミカの性格に反すると思われるかもしれない。確かに普段の彼女は浅慮的で衝動的だが、このような極限の状況下にあって何か自分の芯に頼ろうとした時、上述した公平への歪んだ指向が現れたと考えるのはそれほど不自然ではない。統率者による許容の範疇を超え、その欲求が顕現したわけである。

 無意識の構造としてのミカエルは、悪への嫌悪としてミカの精神に生成する。これはどういうことか。言い換えれば、ミカのゲヘナへの憎悪はそのモチーフの悪への嫌悪に由来する/その嫌悪自体がモチーフであるということだ。これはアリウスと比較するとわかりやすい。アリウスのトリニティとゲヘナに対する憎悪は、ベアトリーチェという他者により植えつけられたものだった。そもそも全て人の欲望や感情は、他者とその言語活動に与えられたものである。では童話のお姫様のように育てられたミカが、セイア殺害以前にもゲヘナを憎んでいたのはなぜか。その原型がモチーフ=他者にあると考えるのが妥当だ。ミカエルの憎悪が、ミカの憎しみとなって彼女の無意識に忍び込んでいる。

ミカ自身の特異性

 我々は、ミカの論理に対する固執から、彼女の根底にミカエルとしてのミカがいることをみた。ここでは更に、ミカがその内心を告げられた際に見せた反応について考える。

 「全然違うよ、私はただの裏切り者。友達も仲間も売り飛ばした、邪悪で腹黒な人殺し。その事実に目を背ける気は無いよ。こんな私、みんなに嫌われたって仕方がない。」

 

 ここでは3章冒頭、ハナコがミカの本心を大方言い当てた際の、ミカの反応を例に挙げた。この弁解は、

  • ミカの考える客観的な事実=自身は裏切り者で邪悪である
  • その事実からの論理的な帰結=そのような自分は嫌われる
  • その帰結の妥当性=その嫌われは正当である(仕方がない)

という三つの段からなる。この帰結、そしてその帰結のミカから見た妥当性は、自傷的なミカの性格と合わせて絶望的な円環を生成する。自分は嫌われて当然だ、と他者を拒絶する。拒絶された他者は、ミカを理解することなく彼女を攻撃するか彼女から離れる。他者に疎外された彼女は、ますます嫌われを正当と考える。さらにこのようなミカの内部に形成される閉じた円環構造は、ミカエル的意識により増強される。

 顕著な例は、二章後半にみられる。セイアの死を信じ切ったミカは、これもまた閉じた論理である「自分はゲヘナを嫌うゆえセイアを殺害した」という言葉に従い、クーデターを起こした。そのマゾヒズム性さえ孕む論理、閉じた円環への従属から、ミカは意識の統率者の愛を得る。ただしその代償は行動停止の断念であり、また受け取る報酬たる愛は真の欲望=行動停止ではない。正当な行動をすることは正当である、と自分に言い聞かせ、他者の論理を拒絶し、そのような自傷にミカは仮初の喜びを得た。

 また、四章でも同様の構造がみられる。つまりスクワッドを妨害し、それを止めようとする先生の言葉を拒絶するミカが描かれる。ただし先生は極めて特殊な立ち位置にあり、ミカ自身に食い込む円環を一部外部に傾けることが出来ていた。ではここでそのスチルを見てみ

ha?

ウワアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

ここまでかわいらしい立ち絵とか魔女みたいな差分とかあんだけ凛々しいスチル二章で用意しておいてここでこの、こんな一枚絵出します普通?めっちゃ痛々しいに泣きまくってるしなんなら鼻水出てるしで興奮しちゃうじゃないか...♠正直エデン条約編初めて読んでた時にこれ出てきて横で一緒に読んでた友人に殴りかかろうかと思った、あまりにも発狂だったからさ...

 

 本論に戻ろう。こうして私たちは、ミカの内心にしばしば生成される螺旋的な精神の没落と、その没落がモチーフによって補強されることをみた。他者を拒絶し、「私はこの私である」と宣言する姿は、実に絶望的である。というのも、ミカへの救いは、円にはまり込んだミカ自身からは決して出現しないからだ。

 彼女を救うには、限りなく彼女に近い、彼女の鏡像としての他者が必要である。エデン条約編を読了した我々は、その存在が誰であるのかを知っているだろう。

 

鏡の中の貴方のための

 四章に入って以降、すなわちセイアが倒れて以降、ミカの精神は常に絶望していた。無論それはミカ自身が絶望しているということであって、同時にその状況自体が絶望であるということでもある。

 彼女は魔女と呼ばれたが、ある意味その言葉は的を得ている。というのも、ここにおいてミカは「狩られる魔女」であるからだ。中世で魔女狩りの対象となった人々は、宗派の境目に位置し、そのストレスからヒステリー症状を発し、もはや自分が何なのかを理解できなくなったケースが多かったという。偽心と本心の融合の元生まれる魔女、それはまさにミカと相似である。

 さてそのような抑圧の元に在り続けたミカの行動は、結果その間常に原始的なレベルだった。敵を攻撃し、スクワッドと闘争し、先生から逃走するというこの動物的でさえある行動。(ただし波がある:一瞬先生に自己を開示≠呈示する場面があることを先程見た)「闘争か、逃走か」という言葉に表される、その機械的反応から彼女が抜け出せるのは、サオリが登場してからである。

 閉じこもったミカは、もはや先生の意識さえ「自分は嫌われても仕方がない」という命法の元拒絶した。自分はこの自分である、自分に残っているもの、自分の意味は"元凶殺し"だけだと。しかし元凶は既にその意味を失っている。ミカの精神は自分の中に食い込み深く落ち込んでいくばかりで、開始地点まで戻ることはないからだ。それは憎悪の解消ですらない、憎悪は既にミカの中で自己生成しているからだ。

 だが彼女の芯は元凶殺しへの飽くなき視線ではない。ミカは本当は、かわいらしい、ただの等身大の少女だったはずだ。我がままで、浅慮で、独善的で、欲張りで、けれど誰よりも純粋な、童話のお姫様のような存在だったはずだった。彼女がその"本当の"自分となるためには、憎しみを円環を循環して生成する自己を解放しなければならない。自分の罪を許さなければならない。

 ミカの罪は、大切な友人を傷付け、その上自分自身を見失い、更に数多くの人を危険に晒したことだった。相対するサオリの罪は、ミカを騙し、スクワッドを不幸に陥れ、そうした自分が正当だと思い込んでいたことだった。許されるはずだったいたずら、歪んだ教育の産物。確かに彼女たちの行為は罪であるが、それは悪ではない。聖の対義語としての悪、それは作中のベアトリーチェであって、ミカやサオリでは決してない。悪は許されることはないが、罪は赦されることが出来る。

 ミカとサオリは互いに自己を開示する。敵対するはずの両者が、実に初めて、己の口で、互いに向けて本心を語る。そしてミカは、サオリは自分と同じである、「あなたはわたしである」というテーゼに到達する。彼女たちはまさしく鏡写しだ。左右は反転する:それまでの境遇はまるで正反対だった。上下は保存される:至った結論は全く同一だった。

 そうしてミカはサオリを赦す。それは自己自身への独善的な許しではない。ミカとサオリは決して融合してはいない。彼女たちが鏡像同士であるのと丁度同じ程度、その「あなた」と「わたし」の接近具合と丁度同じ程度、彼女たちは他者である。内部で循環するミカは、サオリが他者であるからこそ祈ることができる。諦観の境地にあって、むしろあるからこそ、初めてミカはその純粋な思いを形にする。そのような弁証法極値に彼女は到達した。ミカは祈り赦す、自身の鏡像としての他者を。手遅れとなった自分へではなく、せめて未来の残されたサオリが、その絶望から救われることを信じて。その「楽園」の存在を信じて。

ヮ...!

ァ...!

あの!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これらの一枚絵を描いた方に、紫綬褒章を授与いたします


 鏡を通し、ついに自分自身を赦したミカは、実に価値にあふれた存在となった。童話から寓話へ、そして再び童話の世界に戻った彼女は、一人のお姫さまのようになる。先生はその彼女を、彼女が求めてやまなかった王子さまのようにして助けた。こうして何気ない悪ふざけから端を発した騒動に巻き込まれ続け、何度も心が折れながら進み続けた彼女は、ここにハッピーエンドを飾る。どうか彼女の未来に、溢れんばかりの祝福がありますように。

 



 

あとがき

 ここまで読んで下さった方(いらっしゃるかはわかりませんが)、本当にありがとうございます。聖園ミカのキャラクターその全てをお伝えすることは到底不可能なことでしたが、少しでも皆さまにお楽しみいただけたとしたらこの上ない喜びです。なお、本稿ではフロイトラカン精神分析学、キリスト教神学、社会心理学ヘーゲル哲学等を参考としております。興味のある方はそれらの文献に目を通されることをお勧めします。最後に、作中曲「kyrie eleison」の原曲と思われる曲をご紹介して本稿を閉じようと思います。作中曲と比較して聞いてみると面白いかもしれません。これミカ実装されたら歌聞けるんですかね?そんなことされたら俺、発狂しちゃうよ...(追記:実装されました、声良すぎ...是非声を付けてほしいところですね)

 

youtu.be

 

あとがき その2(追記)

  現在時刻は2023/01/22 18:03、およそ一時間前にミカの実装が決定しました。本当に嬉しいです... メモリアルロビーは見た感じ夜の教室?でしょうか。補習授業部の存在とかけて、先生が何かしらの補習をするシチュエーションとかいいですね。あと声もほとんど予想ど真ん中で来てくれてよかったです、マジでよかった マジで Exスキルもよかったね...本当にいいわ

 4thPVに関して考えたことを少しだけ。キヴォトス世界に関してですが、まず"色彩"という敵が存在し、それに対抗する"生徒"を生み出す機構がキヴォトスなのかなと感じています。総力戦はその練習ですかね?恐らくほかにも多数同様の世界が存在(あるいは同一の世界のやり直し)し、その世界に先生という存在が介入することによって成功に導かれつつあるように見えます。いわゆる黒シロコは他の世界の存在でしょうか。ゲマトリアは先生とは別の方法で生徒という"駒"を育成しようとしているのかな?もっと情報が欲しいですね!

 実装後、絆ストーリーとメモリアルロビーを踏まえた、ミカの人物像に対する更なる考察を行う予定です。お楽しみに!

あとがきのあとがき

 そういえば皆さんが一番好きなスチルはどれですか?僕はミカが泣いてるやつです(性癖開示)マジであの一枚絵いいよね...ね?